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このシリーズについて

聴き手が存在に気づくことで輝きを蘇らせる「名盤」が目白押しオヤマダアツシ[音楽ライター]

 名盤とは何か? という問いに対し、スパッと明快な回答はあるのだろうか。現在もなお次から次へと新しいアーティストが登場し、新しいレコーディングが行われている中、「歴史の一部」となっていく名盤・名演たちも増え続けている。その中には、高い評価と称賛を集め続けている名盤もあれば、一部の聴き手に愛聴されながらも埋もれゆく録音だってあるだろう。しかしそれを優劣で判断するのは性急であり、聴き手が存在に気づくことで輝きを蘇らせる一枚もあるのだ。音楽は、聴いてこそ音楽。名盤という価値を生み出し、与えるのは一人ひとりの聴き手である。2015年に発売された『ソニー・クラシカル名盤コレクション1000』第1・2弾は、そうした“聴き手の喜び”を再認識させてくれたが、その続編となる第3・4弾の100タイトルもまた発掘しがいのある名盤が目白押しだ。
 前回のラインナップでは、セルジュ・チェリビダッケの指揮によるブルックナー(1990年の東京サントリーホールにおける交響曲第7番と第8番)が熱狂的な反応を呼び、カリスマ指揮者の人気がまったく衰えていないことを証明した。今回は名匠にとって貴重なレパートリーだった交響曲第6番(1991年、ミュンヘンでのライヴ録音)がリストに加わる。6枚組のセットとして発売されていたが、分売により低価格で入手できるのはうれしい。同じくブルックナーについては定評があるギュンター・ヴァントの指揮でも、交響曲第5番および第7番がラインナップ入りしている。こうした名盤は近年にファンとなった若い世代のリスナーへ、新しい福音となるかもしれない。さらには、ブルックナーの交響曲ではないものの、朝比奈隆が「六段の調」や「荒城の月」など、日本の伝統的な音楽を指揮した録音(世界初CD化!)にも注目を。今や貴重な音楽的財産であり“ジャポニズム西洋音楽”の隠れた成果だと言えるかもしれない。カリスマ的なマエストロといえば、カルロス・クライバーが1989年のウィーン・フィル「ニューイヤー・コンサート」に登場したライヴ録音も発売当初からのヒットCDだが、低価格での発売により新しい聴き手を獲得していいだろう。
 すでに天国へと召されてしまった音楽家も多数いるのだが、聴き逃していた気になる録音を探し出すのも一興だ。たとえば筆者の場合であるなら、ヴォルフガング・サヴァリッシュがスイス・ロマンド管弦楽団の首席指揮者時代に録音したスメタナの「わが祖国」(日本初CD化)はうれしい。アナログ・レコード発売時、まだ「モルダウ(ヴルタヴァ)」を除く5作品の魅力に開眼していなかったので、今だからこそ聴いてみたい一枚である。アルメニア出身の熱血マエストロ、ロリス・チェクナヴォリアン指揮によるボロディンの作品集(1977年録音)も、筆者にとってはアナログ盤当時に聴き逃していた録音である。さらには1989年、ベルリンの壁が崩壊した直後に旧東ドイツの市民たちを「ベルリン・フィルハーモニー」へ招待した歴史的コンサート・ライヴも、今あらためて聴きたい。指揮台に立ったダニエル・バレンボイムは、それ以降も“政治や民族と音楽”について新しい課題を提示し続けており、もしかするとこのライヴ録音はひとつの原点として再評価されるべきかもしれないのだ。
 筆者のようにアナログ盤やCD初期の時代を体験しているリスナーはもちろんだが、若い世代のリスナーにこそ聴いていただきたい名盤も多い。半世紀以上も前の録音であるが、ブルーノ・ワルターやパブロ・カザルス、ウラディミール・ホロヴィッツ、ヤッシャ・ハイフェッツといった、激動の20世紀前半を生き抜いてきた音楽家たちの演奏は、時間を経てこそ新鮮な驚きをもたらしてくれるはず。一方で1960年代には若さを武器に斬新な演奏を聴かせていた小澤征爾の録音も、サイトウ・キネン以降の“マエストロ時代”しか知らないリスナーに驚愕してほしいものだ。小澤のアシスタントを経て音楽シーンに躍り出たマイケル・ティルソン・トーマスの「カルミナ・ブラーナ」も、当時はロック世代による切れ味の鋭い演奏として注目を集めていた。
 前記の朝比奈隆指揮による「六段の調」も含め、世界初CD化となる注目盤もある。1997年に天国へと召された旧ソヴィエト出身のチェリスト、ダニール・シャフランは“知る人ぞ知る”存在。今回はシューベルトとショスタコーヴィチのソナタを弾いた録音(1960年、RCAリビング・ステレオによる隠れた名演・名録音で、中古LP市場では高値がつく)が、安価で容易に入手できるのだからありがたい。もう一枚、1960〜70年代にJ.S.バッハ作品の弾き手として颯爽と登場したアンソニー・ニューマンの「ゴールドベルク変奏曲」も世界初CD化。彼の名前を懐かしく思い出すリスナーもいらっしゃるだろう(実は筆者もその一人だ)
 枚挙にいとまがない! とうれしい悲鳴を上げたくなる100枚だが、この中にあなたのリスナー人生を大きく左右する一枚があり、手にとっていただけるのを待っているかもしれないのだ。どの名盤であれ、宝石のような価値を与えるのはあなたなのである。

オヤマダアツシ1960年、茨城県生まれ。広告コピーライター、編集者などを経て1995年頃より音楽ライターに。音楽専門誌・情報誌・インターネットメディアなどに記事を執筆。現在は音楽家のインタビューやコンサートの曲目解説を中心に執筆を行っている。著書に「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」の2012年の公式ブック『ロシア音楽はじめてブック』(アルテスパブリッシング刊)がある。

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