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このシリーズについて

ここには未来へのメッセージを発信し続けるクラシックの名演があるオヤマダアツシ [音楽ライター]

 名演の録音が単なる記録に止まらず未来へのメッセージだとするなら、それはすべて伝えられないといけない。CDの時代になって、何度も繰り返し(まるで、新しいテレビ・ドラマへ出演し続ける人気俳優のように)再発売される「名盤」がある一方、タイトル数に限りあるシリーズのラインナップから除外されてしまい「眠った名盤」になってしまったもの、そして識者の目によって救い出され「発掘された名盤」となったものなど、その運命はさまざまだと言えるだろう。
 ソニー・クラシカルとRCA RED SEAL。この2大レーベルは、ドイツ・グラモフォンをはじめとするヨーロッパのレコード・レーベルと並び(または対抗し)、アメリカから多くの名盤を送り出してきた発信地だと言えるだろう。そこには、アメリカを音楽の新天地だと信じて活動した気概のある音楽家がおり、ヨーロッパからの移住を余儀なくされた名演奏家がおり、またアメリカ自身が生み出した音楽家たちなど、さまざまな才能が歴史を積み上げてきた。私たちは世代を超えてその名演に酔いしれ、あるときは輝かしい目標とし、ときには議論を戦わせてきたのだ。
 100タイトルから成る『ソニー・クラシカル名盤コレクション1000』は、奥深いクラシック音楽の世界へと足を踏み入れたビギナーの方から、すでにどっぷりと浸かっているマニアの方までが「おや、これは」と目を留めるという、(あえて言わせていただくなら)ちょっと不思議なラインナップ。永遠に受け継がれるべき名演も多数あるが、「そういえばこんな名盤もあったな」と思えるお宝音源もあり、「よくぞこれを再発売してくれました」と感謝したくなるものもある。
 グレン・グールドが残した名演の数々はすでにさまざまな形で再発売・再評価を繰り返してきたものだが、それでもなお新しい聴き手を獲得していく「永遠の名盤(かつ時代の証言)」であるだろう。レナード・バーンスタインはアメリカが生んだ大スターだが、1950年代から多くの録音を行ってソニー・クラシカル(旧コロンビア)の黄金時代を築きあげた。ヤッシャ・ハイフェッツやブルーノ・ワルター、ウラディーミル・ホロヴィッツほか、「20世紀の殿堂」入りしている音楽家たちの記録は、時代を超えて私たちにいろいろなことを教えてくれる。こうした録音は言うまでもなく聴き継がれるべき名演であると同時に、「かつてはこうした演奏スタイル・解釈もあったのだ」ということを伝えてくれる証言としても貴重なのである(ゆえに、これからクラシックを深める若い世代のリスナーには、特に聴いていただきたい演奏ぞろいだ)。
 その一方で、まさに「歴史」を物語る名演もたくさんある。1970年の日本万国博覧会・鉄鋼館に響いた音楽集「スペース・シアター」(武満徹+高橋悠治+クセナキス)[No.55]や、スター音楽家たちの揃い踏みとなった「史上最大のコンサート」(1976年のカーネギー・ホール開館85周年を記念したコンサート・ライヴ)[No.64]などは、こうした機会に再発売されるべき記録だと言えるだろう。1959年、レナード・バーンスタインがニューヨーク・フィルハーモニックを引き連れて旧ソヴィエト連邦を訪れ、ショスタコーヴィチの交響曲第5番を演奏したことも歴史的事件である。このツアーからの帰国直後にスタジオ録音された演奏[No.10]は時代の空気を伝えてくれる“証言”であり、それは単に演奏のクオリティや解釈のみで語られるべきではない(当時としてはセンセーショナルなイヴェントであり、ジャケットにはその演奏会の一場面が使われている)。また、小澤征爾が大きな歩みを記した1960年代中盤〜1970年の録音[No.6,7,54,55]は、若い世代の聴き手に驚きを与え、ベテランのリスナーには回顧と再評価を促すものだ。
 こうした社会的かつ歴史的な背景はなくとも、リスナーそれぞれの思い出が蘇るディスクもあるだろう。思い出といえば、当時のジャケットも大きな役割を果たすはず。そうした意味で、オリジナル(アナログ・レコード発売時)のジャケットが採用されている今回のシリーズは、とても魅力だと言える。「やっぱり、このジャケットじゃないとしっくりこない」と思う方も多いだろうし、逆に若い世代のリスナーは新鮮な驚きに打たれるかもしれない。ルソー風のイラストをあしらったバーンスタイン&ロンドン交響楽団による「春の祭典」[No.63]や、ピエール・ブーレーズが革新的な4チャンネル録音を行ったバルトークの「管弦楽のための協奏曲」(ジャケットはその音場を描いたもの)[No.80]は、久しぶりに発売されるジャケットとして懐かしさをおぼえる方も多いはずだ。30代前半の小澤征爾を映したポートレイト(「幻想交響曲」[No.54]「運命・未完成」[No.6])は、思わず目が留まってしまう新鮮なジャケットだと言えるだろう。
 この100タイトル、あなたにとっての宝物がきっと見つかるはずだ。ここは発掘しがいのある輝かしい遺跡なのだから。

オヤマダアツシ1960年、茨城県生まれ。広告コピーライター、編集者などを経て1995年頃より音楽ライターに。音楽専門誌・情報誌・インターネットメディアなどに記事を執筆。現在は音楽家のインタビューやコンサートの曲目解説を中心に執筆を行っている。著書に「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」の2012年の公式ブック『ロシア音楽はじめてブック』(アルテスパブリッシング刊)がある。

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